タイに住んでみると

現在はタイを離れているので,タイに居た経験から考えたことなどを時々書いています。また,タイに行く機会があれば生の情報もアップしたいと思います。

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空港閉鎖に小さな取り繕い

空港は相変わらず閉じたまま。
ソムチャイ首相はタクシン支持基盤のチェンマイへ逃げ込んでしまった。チェンマイ開催の迫ったASEAN会議の準備を理由にしているが,首相自ら会場の準備や事前視察に行く必要があろうはずが無く,そんな逃げ腰の姿勢もあってか,クーデタの噂は繰り返し出ている。デモ隊の排除を任せられた警察や軍隊の士気も上がらないだろう。

逃亡中のタクシンはこんな時に,自分の海外逃亡を棚に上げてデモ隊の「違法行為」を非難し,デモ隊排除に法の厳格な執行を主張するテレビ電話映像を流して対立をあおっている。

ベトナム戦争時に整備されたウタバオという軍用空港から,日本行きを含む臨時便が出始めたが,日本人だけでも昨日までで1万人以上,全体で10万人が足止めになっており,焼け石に水である(新聞記事みたいな常套句が出てきてしまった)。

観光への打撃を恐れる政府は,足止めになっている旅行者に対し,1日当たり2000バーツまでの宿泊補助を出すことにした。
ニュースではウタバオの空港でチェックインしたお人好しな外国人に,「タイは食べ物が美味しくて,ホスピタリティがあってよいところだった,また来るよ」と言わせたインタビュー映像を流していたが,それで皆に心配しなくていいよということか。

私の場合も旅行者だとしても,懲りずにやってくるのだろうが。
街では,主要な交差点に兵士が目立つようになっているが,それ以外には変化は感じられない。給料日直後の週末でデパートは混雑していた。

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結局,出張は取りやめ

27日午後になっても,事態は変わらず空港再開の見通しは立たない。

今回の日本出張は中止である。他にも用事があったのだが,それも滞ってしまう。

夕方になって,タイでは「事態急変」の情報も出始めている。

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今晩も飛べず

結局,今晩も飛べなかった。
26日午後9時現在,空港は相変わらず閉鎖中,まだ,報道されていないかもしれないが,27日午後6時まで空港の閉鎖は延長されたという情報がある。
あすの午前便への振り替えも絶望的となった。

空港にいても経験したが,ここでは危機管理というのはない,というか危機管理をしようという気は無いと思ったほうが良いのだろう。

あちらこちらで,空港,ツーリストポリス,タイ航空など,あちらこちらの問い合わせ番号が空港やテレビ報道で知らされているが,いずれも1つか2つの番号で,回線はパンク状態,まずかからない。
昨日タイ航空の回線に通じて予約変更が出来たのは,おそらく宝くじがあたったに等しい。しかし,その運も生かせず,今日のフライトもキャンセルとなった。

すでに報道されているかもしれないが,空港やタイ航空の対応はまったくお粗末である。タイ航空の職員はデモ隊が迫ってきたら,客はさておき自分たちがさっさと逃げ出した。空港は状況を知らせるアナウンスは無し。
そもそも,空港にやってくるデモ隊を抑える対策は無し。今日は空港の管制室にまで進入されたそうだ。

マスコミも,空港からの生中継はほとんど無し,空港の様子はつかみようが無い。各局はほとんどのんきに,退屈なドラマをいつものように放送している。今日どの局も放送したのは,軍の最高司令官の記者会見だけだった。

デモ隊とそれを操作する政治屋は,空港(とその利用客)を人質にとり,政府も空港公団もそれに任せて,空港の運営を政治取引の決定事項にした。

「アジアのハブ空港」を目指して大きなスワナブーム空港を造ったはずである。そんな運営をされている空港が,いくら奇麗で大きな空港施設を持っていても,アジアのハブになどなれるはずが無い。

観光を重要産業として,タイのホスピタリティでアジアの医療ハブを目指すというタイにとって,今回のような事態は深刻な問題のはずである。しかし,SARS,鳥インフルエンザ,津波,クーデターがあっても観光客はいずれ回復してきたタイには相変わらず問題意識は薄いようである。
しかし,本当にこんな状況を繰り返していられるのか,大変に心配である。

時間が経って,もう少し冷静に見られたら,すこし意見が変わるかもしれない。しかし,今回の状況は実際に被害に遭ってみると,とてもタイらしいと笑うことはできないのである。

でも,すこしだけ笑える写真を。
トレーで寝る人
床で寝るよりは荷物トレーにはまった方がましか。
カウンタで寝る人
デモ隊がカウンターを占拠したという報道もあったようだが,占拠したのは旅客である。カウンターのカーペットはタイルの床より,よほどましな寝床である。



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結局,昨晩は日本へ飛べず

昨晩は結局,日本へ飛べなかった。
私たちが空港に向かったとき,すでにデモ隊が空港正面に押しかけていたが,優秀なドライバーのおかげで,裏通りを回り,空港まで無事に車をつけることが出来た。
ところが,数分差でタイ航空のチェックインはすでにストップしていた。
幾つかのほかの航空会社はチェックインを続けていたが,それも次第に停止され,空港内の売店,食堂は店を閉じようとしていた。あわてて水を買いに行った。すでにしまっていた食堂で,どうしても水がいるといって何とか水だけは購入できた。
この間,空港からのアナウンスは無かった。とにかく,自分のフライトのキャンセルが確かになり,振り替え便の可能性もなくなるまで粘ったが,どうにもならず,夜中の12時過ぎいったん空港を出て自宅へ帰った。
タイ航空のカウンターはあさの5時に開くので,新しい情報が得られるということで,4時半ごろには再び空港へ行った。しかし,一向にカウンターにスタッフが来る様子も無く,今日の午前中の空港閉鎖と午前便のキャンセルがタイ航空職員から知らされたのは,7時を過ぎた頃だった。
この間,空港当局からの案内は以前無し。一方ANAのカウンターは6時ごろだったか,いち早く今日の午前中の空港閉鎖の知らせを掲示した。
テレビのニュースでも空港からの中継はほとんど無く,現状を知るのは本当に難しい。

今晩のフライトはまだ未確定である。仕事の出張なので,可能性がある限り今晩ももう一度チャレンジしなければならないが,ほとんど期待していない。

書きたいことは,いっぱいある。
市民のデモ隊が押しかけただけで,こうも簡単に国の表玄関が麻痺してしまうなんて。
今回は,本当にタイの問題,タイの将来を不安にさせるような問題を見せ付けられた気がする。

では,幸運を祈っていただけるとありがたく思います。

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クリスマスツリー:追加,追記

ツリーの写真の追加を。

これは,別の高級デパート,エンポリウムの前。
TreeEMPO

ツリーの脇を象が歩いていったりするのがバンコクである。
CharngEMPO


ところで,夜の散歩がお勧めの時期といったが,バンコクは危険な街ではないが,油断無きよう。
先日は,知人の友人(旅行者)が財布をすられた。擦り寄ってきた子供の擦りにやられたらしい。暗がりは危険度が増すので十分に注意。それからあまり酔っ払ったら,もちろんリスクは高くなる(自戒をこめて)。

さて,これから日本出張を控えているのだが,また反政府グループのデモが激しくなっていて,今日はスワナブーム空港にも押しかけている。あすの首相の帰国を阻止するといっているらしい。

ずるずると長引く反政府グループのデモに,国民お多くがウンザリという空気も漂ってきた。政府もそれを狙って,のらりくらりと引き伸ばしを図る作戦のようである。

さて,日本から戻るときにはどうなっているか。予定通り戻れるか,少しだけ不安である。


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バンコクにもクリスマスツリー

このところ忙しく,ブログの更新もままならない。
そういえば,もう直ぐ師走。

暑いバンコクでも,最近はクリスマスツリーを見かける。といっても,まだ日本のように家庭にまで浸透したものではないが,大きなデパートなどの前には,なかなか立派な電飾つきのツリーが設置されている。
12月は5日がプミポン国王の誕生日ということで,そのための電飾の飾りつけもふえるので,バンコクの夜はよりにぎやかになる。

夜は涼しくなり,乾期限定のビアガーデン(タイビールの生ビールが飲める)もあちこちで開かれており,この時期は夜の街の散歩はお勧めである。


TreeCW
これは,窓越しに見たセントラルワールド(伊勢丹も入っている,大きなショッピングセンター)前のツリー。


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政治闘争はまだまだ続く

ガリヤニ王女の葬儀も主要な部分を無事終えて、このところ少し表面上静かになっていた政治の騒動はまた騒がしくなりそうである。

海外逃亡中のタクシン元首相は、サッカーチームも売り飛ばしたタクシン氏がらみでタイとの関係がギクシャクするのは嫌なのであろうイギリスに、ビザを破棄された。中国に行っていたタクシンはイギリスに戻れなくなり、さらに逃亡の旅を続けている。情勢の悪くなったタクシン氏は支持者の集会にテレビ電話出演したり、バハマに土地投資を持ちかけて、“名誉市民“など金で買える名誉を買ったりして、反撃を開始しようとしている。
権力闘争に備えてか、財産保持のためか、婦人と離婚した。

国内では、反政権勢力のデモも長引くばかりで支持を失いつつあり、といって現政権の支持率も低い。おまけに、つい先月現職の民主党候補圧勝で終わったバンコクと知事選だったが、消防車発注疑惑で告発された知事は、疑惑への関与を否定しつつ(さらに以前のサマック知事(元首相)時代に選定や契約の準備が進められた事項)も告訴された状態で知事を務めることはできないとして、辞職を表明した。年明けにもまた都知事選となるようだ。なんともお金の無駄遣いである。タイの政治は本当に国、国民の足を引っ張るばかりである。

さて、日本の場合はどうなのだろうか。

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ガリヤニ王女の葬儀

バンコクの雨季は終わりで、快適な季節が来たかと思ったが、そう甘くは無かった。日曜日は、再び蒸し暑く、朝から雲がかかり夕方には強い夕立があった。ぶり返しの蒸し暑さは体に応え、日曜はテニスの後すっかりバテて昼寝となってしまった。

さて、週末からタイのプミポン国王の姉のガリヤニ王女の葬儀が行われている。土曜日はその中でも最も盛大に行われる火葬の儀式が執り行われた。王宮前広場には特設の斎場が造られ、出棺し斎場までの道のりは、いったいどれだけの人数がいるのか、伝統的、儀式的な衣装の壮大な列が続いた。

この様子はタイのテレビ全チャンネルで同時中継された、映像もアナウンスも共同放映だったが、1チャンネルだけ英語で解説が放送された。さて、この英語放送が、悲しい葬儀を伝えるようなものでは無いのであった。儀式なのですべてがゆっくりと動いていくので、一つ一つの過程の意味を説明しても時間は余ってしまう。そこで、いろいろとその他の説明が入るのだが、中でも印象に残ったのは何度も葬儀について[This spectacular Event]と繰り返していたことである。葬儀はタイの豊かな伝統文化を体現するものとして、観光プロモーションが行われていたのである。特設の斎場も美しい見事なもので、1ヶ月ほどで(日を言っていたが、忘れてしまった)撤去されるので、それまでにタイに来る人は見逃さないように、などと宣伝していた。

この葬列が移動する際、周囲は一般の立ち入りが制限されていたが、午後には広場周辺に一般の立ち入りが許され、主要な駅やバスターミナルから無料バスも運行され、市民が集まった。
それで、友人たちと出かけた。葬儀以前からなんとなく感じていたが、この葬儀は悲しい、暗い葬儀というのではなく、何か国の大きなイベントであり、お祭りのようなのである。楽しむというと語弊があるが、この機会に皆で何かを催したり、バンコクに出てきたりするきっかけになっている。普段ばらばらなタイ人にとってそういう機会は重要なのであろう。

会場に出かけてみると、黒服で埋め尽くされた王宮周辺には、食べ物、飲み物の屋台が出て、王女の肖像の入った団扇や切手を売る便乗商売から、果てはドラエモンの風船まであり、まるで縁日のようであった。

輪廻転生を強く信じるためか、タイの人が人の死について、それを受け入れて吹っ切るのは、日本人に比べると早いように感じる。ガリヤニ王女が亡くなったのは今年1月のことなので、だいぶ時間も経過している。それにしても、という気もするが、実際にその場にいると、これでよいのだと思った。やっぱり不思議なタイである。

フィルムカメラで写真を撮ったので、うまく取れたものがあれば後日。





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バンコクの雨季も終わり

バンコクでは雨季が終わったようで、ここ数日、空気が乾いてさわやかな日が続いている。といっても、日中の気温は30度以上になるが、朝はバンコクでも25度くらいまで下がっている。あさのジョギングもいつもより少しペースが上がる。

ところが、いいことばかりではない。冷房の利いた部屋もそれだけ確実に冷えることになるので、オフィスなど、いつもにも増して冷房が効いて寒い。

タイに長くいると、30度を下回ると「涼しい」、20度以下になれば「寒い」というぐらいの感覚になってくる。「涼しい」と感じているときにも、額には汗がにじんでいたりするのだが、ともかくそんなふうに変わってくる。

そして、私の場合ちょっと寒いと感じたりすると、雪が降るくらいの本当に寒い気温やその感覚が恋しくなる。
タイの人にも涼しいことや寒いことは贅沢な楽しみのようで、これから北のチェンマイやその近くの山岳部は観光シーズンとなる。

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フィルムカメラと散歩

民主記念塔あたりに出かけたとき、父から、とりあえず期限無しで借りたCanon7と、先日、日本で安く見つけたOlympus Pen EESと2つのフィルムカメラを抱えていった。Canon7にはモノクロフィルムを、Penにはカラーフィルムを入れた。

最近はフィルム現像(特に白黒は)を受け付けてくれない写真店が多くなったが、幸い職場の近所にお店があり、カラーは即日、白黒は3日(たぶん外注に出しているので)で仕上がった。

フィルムの味はいい。下手な鉄砲も。。では無いが、いくつか気に入った写真も取れた。
2つのカメラはまったく違うタイプのカメラで、Canon7は角張って重たく、Pen EESは小さく、ピントも3段階の大雑把なものである。Canon7だと、「さあ撮るぞ」と構えて、Pen EESだと、「なんか気になる」から撮ってみよう、という感じで撮るときの気分も違う。
出来上がった写真を見比べても、そんな気分の違いが現れた写真になっているのも楽しい。

そのいくつかを。

PenEES1

PenEES2

PenEES3
Olympus PenEES

Canon7-1

Canon7-2

Canon7-3
Canon7, 135mm F3.5, 50mm F1.8

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通勤電車内に自転車が

今朝仕事に向かうため電車(バンコク中心部を走るスカイトイレイン(BTS)と呼ばれる高架式の鉄道)に乗ったら,こんな光景に出会った。

車内自転車

なんと,通勤時間帯の車内にマウンテンバイクと一緒に乗っている人がいる。
今日乗った列車はたまたま,比較的空いていたが,通勤時間帯は大変込み合う電車である。

確か日本では電車への自転車の持ち込みは,規則が厳しく,以前は部分的に分解した上で「輪行袋」という規定のサイズ内の袋に入れないと持ち込めず,荷物用の切符も買わなければいけなかったと思う。その後一部規則が緩和されて,そのまま持ち込める場合もできたように記憶しているが,いまでもどこでも自由に持ち込めるわけではないようだ。
自転車先進国(?)のデンマークでは,電車には専用のスペースがあり,自転車は簡単に持込できるのを見たときはうらやましかった。

さて,どう考えても自転車後進国のタイ。自転車の電車内持込ができるなどと思わなかった。これは,どういうことだろう。たぶん,自転車持込をまったく想定していないので,禁止する規定も特に無いので,職員は「マイペンライ」ということで乗客を自転車とともに通したのだろうか。改札は狭い自動改札なので(しかも,切符を通して直ぐに閉まるので,時々お尻を扉でたたかれて,癇に障るのだ)改札脇の大きな扉を駅員に開けてもらわなければ,通ることはできなかったはずである。

その後,後姿から見て子供か大人なのか良く分からなかったが,その人は一番中心のサイアム駅で降りていった。

さて,もし今後自転車移動がバンコクの街に定着したらどうなるのだろう。

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王宮近くの無料レンタサイクル

先週日曜日に続き,先週土曜日は運河のボートに乗って民主記念塔近くへ出かけた。今回は先週見つけたクラシックなレストランに入るべく,長ズボン(なんか古い言い方,それもジーンズだが短パンよりはましだろう)と襟付きのシャツで出かけた。それに前回見られなかった通りにも回ってみようと思い,バンコク都庁舎へ向かった。バンコク都庁舎の前には大きな広場があり,その一角にはレンタサイクル・ステーションがあった。以前に書いたGreen Bangkok キャンペーンの一つで,もっと環境にやさしい自転車に乗ろうというものである。そのときには,お粗末な自転車―レーンの例を示したが,キャンペーンをしている地区を見ないままというのも無責任なので,自転車を借りることにした。(要するに,乗って見たかったのである)

必要書類に名前や連絡先等を記入し,身分証(私の場合は運転免許証,旅行者はパスポートが必要)を預けると,無料で貸し出しを受けられる。ただし制限時間があり3時間で返却しなければならない。

王宮に近い地区の名所案内のついた地図をもらえるので,それと道路標識を頼りに,地区をぐるりと回る。借用書には指定地区以外では走らないようにという注意書きがある。

さて,自転車レーンに沿って走り出す。始めの頃は順調にレーンを走る。しかし,直ぐに問題が。都庁の前を離れると,道には自転車マークがあるものの,自動車レーンと隔離されておらず,さらに丁度自転車の走る場所に,格子状の蓋がされた下水溝がたくさん開いており,この格子の目が粗いので,自転車のタイヤが取られないか非常に怖いので,道の端をまっすぐ進むことができない。
そんな道を抜けて,進路標識に沿って進むと,やがて民主記念塔に続く広い通りに出た。

自転車レーン

そこは広い歩道上にレーンがあるので良いが,これもまた,宝くじ屋台がレーンぎりぎりまで迫り,そこに客が立って道をふさいでいた。

レーンをふさぐ車
あちらこちらで,レーンの上に駐車する車が行く手を阻む。


結局,指定コースをほぼ正確に1時間ほどで回ってきたが,わかりにくい標識,途中でレーンは無くなるし,多い車の交通量と排気ガス。とてもお勧めできるようなものではなかった。自転車もママチャリみたいのもので,私の借りたものはすでにペダルがゆがんで,こぎ難かった。ブレーキはきちんと利いたのは救いだが。そんなわけか,同じレンタサイクルに乗った人には3人(いずれも外国人)しか会わなかった。

ルートの途中にも幾つかレンタサイクル・ステーションがあるのだが,借りた自転車は元のステーションに返さなければならない。もし,他の場所での返還も可能であれば,もう少し利用しやすいと思うのだが。鍵が無いのも難点である。どこか適当に自転車を止めて見て周るということができないのである。
1)レーン整備の徹底,2)駐輪場の整備と施錠を可能にすること,3)他のステーションでの乗り捨て可能のシステムを作ったら,もう少し利用者が増えるように思う。
自転車が好きな者としては,この中途半端な状態ははがゆい。

そして,自転車を一こぎした後は,のどの渇きを癒しに,目当てのレストランへ。
先日見た制服の給仕はいなかったが(あれは勘違いだったのだろうか),クラシックな雰囲気の店内で,ムール貝のタイ風の蒸し物をつまみながら,シンハービールを飲んだ。貝の鮮度も良く美味しかった。また来よう。

ムール貝の蒸し物
タイ風のムール貝の蒸し物。ムール貝といっても南方のものなので,種類は違い味はやや淡白。
バジル,レモングラス,コブミカンの葉,しょうがなどがクセを抑えて美味しい。
これで100バーツ(+サービス,税)は,なかなかお値打ち。




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水草水槽

私の部屋には小さな水草水槽がある。
水草水槽もバンコクでは手軽、安価にできる楽しみである。
まず、ヒーターが不要である。見栄えは少々落ちるが、安い水槽が手に入る。そして、タイは観賞用水草を生産、輸出している国で水草も安く手に入る。

バンコクならチャトチャックマーケットに行けば、一通りのものがそろう。
それで、私も半年前以上になるが、水草水槽をセットした。

水草水槽ファンには有名なトロピカ社のキューブ水槽のイメージを拝借して、底面が正方形の水槽を探したところ、少々背が高いが適当な大きさで、値段も安いものが見つかった。200バーツ(600円程度)ぐらいだっただろうか。水草は種類によって値段は大きく違うが、安いものは、それだけ育てやすいので失敗も少ない。ということで、手ごろな値段(一株、一束、数十バーツ)のものから4種類ほど植えた。後から水草の専門家でもある友人が、適当な草を選んでいるといってくれた。これらの草は光の要求性も高くなく、また二酸化炭素添加などのメンテナンスをしなくても、十分に育つ種類ということである。

さて、水草水槽のメンテナンスで大変なのは「コケ:小さな藻類」対策である。設定してから期間が経つと、次第に栄養がたまってコケが生えやすくなってくる。ガラス面に付いたものは、擦ってはがせるが、草や倒木に生え始めるとなかなか取れない。それで、コケを食べる生き物を入れ、コケの繁殖を抑える。

初めのころから、Cherry Shrimpを入れていたのだが、コケの繁殖は抑えられなくなってしまった。友人に聞いたところ、Cherryでは小さすぎてコケを食べる量が少なすぎるのだろうから、Yamato:ヤマトヌマエビをいれろという。そこで、ちょうど友人が訪ねてきたのでチャトチャックマーケットに出かけて、ヤマトヌマエビを10匹買ってきて入れた。

それから一ヶ月以上経った。水槽のコケは見事に取り除かれた。コケに覆われ始めていた水草はスッキリとなった。面白いことにCherryも以前より活発に餌を食べて回るようになり、成長もよくなった。ヤマトが底をかき回し、伸びたコケを食べるために、Cherryの食べやすい小さなコケがよく生えるようになったのかもしれない。

さて、かなりスッキリとなった水槽でヤマトはお腹を空かし気味になってきたようである。水草の若い部分をかじられたりしないように、数を減らさなければならない。幸いコケだらけの水槽はまだ3つもある、すでに2匹には移住してもらい、新たな仕事に取り掛かってもらっている。
エビ投入時全体
エビ投入時
エビ投入後全体
そして,1月後。
あらら,この写真ではあまり違いが分からない。アップにしてみれば。
エビ投入時アップ
投入時,葉の上にもやもやと毛のように生えています。

エビ投入後アップ
一月後。すっきりしました。
しかし,レイアウトがすっきりしないので,そろそろトリミングもして整えてあげなければいけません。

働くエビたちは,まず底砂から取り掛かりました。
水槽のエビ






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タイでたけのこを食す

以前に,タイでも手に入る日本の食材としてワラビのことを書いたが,筍も最近バンコクのスーパーでよく見かける食材である。秋の深まる日本からしたら季節はずれだが,バンコクではこの時期にも売っている。

タイでも筍を食べることはしっていたし,どこかで見かけた覚えもあるが,大きい生のものは,硬いばかりだったりするかもしれないと思い,試したことは無かった。

最近スーパーで見かけるようになったのは,極小ぶりな筍である。袋を見ると,ちょっと怪しげな日本語だが,茹でても,揚げても,あるいは生で千切りにしてタイ風のサラダ(ソムタム)にしても美味しいと書いてある。それならば,あくも少なく調理は簡単そうだということで試してみた。
Takenoko


米ぬかが無かったので,似ているだろうということで,とぎ汁で茹でてみた。さて,先の柔らかそうな部分に味噌だれをかけて食べてみた。
TakenokoMiso
味は悪くないが、少々固め、竹串が差刺さるまで,と茹でてみたが,少々ゆで方が足りなかったかもしれない。


そして,筍といえばやっぱり若筍煮ということで,しっかり出汁もとって煮た。最後にわかめを散らすが,わかめも以前は「ふえるワカメ」とか高い塩ワカメしかなかった気がするが,最近は日系スーパーなら手ごろな値段で戻したワカメが手に入る。
Wakatakeni
(なかなか美味しそうに盛り付けられない)

味付けは上々。筍が少々硬いのは下ゆでが足りなかったからか。ただ,かなり繊維質なので,もとから固い筍なのかもしれない。
ともあれ,筍の香りは楽しめた。面白いことに,出汁で煮たほうが味噌で食べた茹で筍より,筍の香りや甘みが良く感じられた。

太さの割に可食部が少ないという印象だが,した茹で不足もあるかもしれないので,また試してみよう。

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運河を通って民主記念塔へ

日曜日の夕方,爽やかな天気(といっても,気温は30度以上)に誘われて,セーンセップ運河のボートに乗って民主記念塔あたりへ出かけた。

セーンセップ運河については,以前に書いたが,今回がボートに乗るのは2回目。1回目も同じルートにで,出かけたのだが,船を下りる頃に,それはそれは激しい雨になり,結局ほとんどどこも歩くことができずに帰ってきた。

運河のボートは,桟橋に横付けされた船に,すばやく乗り込まなければいけないが,落ち着いて船のロープをつかみ,船の縁に慎重に足を乗せれば大丈夫。
乗り込んで行き先を行ってお金を払った後は,座席に座り,もし端に座っていれば,飛沫を防ぐためのシートを持ち上げるための紐を引き,運河の水がかかるのを防がなければいけない。
ボートの中


マーブンクロンセンターや,新しくできた現代美術館の近くにある,フアチャーン橋から西側の終点バンファー桟橋まで,8バーツ,10分もかからない距離である。少々ドブくさいにおいがするが,風は涼しくなかなか快適である。運河に面して生活感あふれる町並みが続く。悪ガキが3人運河を眺めながら,タバコをふかしていた。始めて来たときには,運河で泳ぐ子供たちがいた。人間の免疫力もたいしたものである。

バンファー桟橋あたりから,民主記念塔までの通りは広く,両脇には古く立派なビルが続いている。いつごろ誰が設計したものか,建物の角には丸く出窓のように突き出した部屋があり,優雅な雰囲気がある。壁も落ち着いたクリーム色に統一され,同じ色の民主記念塔と調和している。丁度,夕日に照らされて,さらに淡い色になり,よりレトロな雰囲気をつくっていた。
ビルの端の丸い部屋


民主記念塔は交差点の真ん中にあり,ランナバウトになっていて,車はその周りを回って交差点を抜けてゆく。その周りにはレストランや喫茶店があった。あるレストランを覗くと,白い軍服のような制服(タイの公務員の人はこういう服を着た証明写真を持っている)を着たウェイターが給仕している。タイムスリップしたような雰囲気である。入り口においてあるメニューを見ると,一通りのタイ料理があり,なかなかおいしそうだし値段もそれほど高くない。繁華街のおしゃれなレストランより安そうだ。簡単なつまみでビールでも飲みたいと思ったが,短パンで来ていたのであきらめた。今度は身なりを整えてこようと思う。
民主記念塔


代わりにもう一つの角にある,カフェでシンハービールを飲みながら,夕暮れの民主記念塔を眺めてから帰った。
カフェの窓から


レトロで落ち着いた雰囲気の通りで,まだまだ面白いものがありそうなので,またいってみよう。

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