タイに住んでみると

現在はタイを離れているので,タイに居た経験から考えたことなどを時々書いています。また,タイに行く機会があれば生の情報もアップしたいと思います。

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コンサート:Groove My Dog

コンサートに出かけた。

Modern Dog, Palmy, Groove Riderとタイでは人気実力ともに最高といわれる3組(2組と1人)の競演。
といっても、私が名前だけでなく、曲まで知っていたのはPalmyだけ。

Palmyは日本でもCDが発売されていて、何度かコンサートも開かれている。私はT-Bone(これも人気、実力ともに高いといわれている)と競演したアルバムがとても気に入っている。Palmyはかわいい声から、パンチのある声、シャウトまで変幻自在である。
昨日のステージでもさすがに存在感が大きかった。

Modern Dogは日本で言うとミスチルのイメージに近いだろうか(といっても、ミスチルのことはあまり知らないけれど)、しかし、昨日のコンサートでの印象は、タイの歌謡曲的な甘ったるい曲が多すぎた。Groove Riderもかれらの音楽のバックにはもっと渋いものがありそうで、ギターのソロなどにその雰囲気が出てくるのだが、なにせ、ほとんどの曲が甘ったるい曲だった。そうしないとなかなか売れないので仕方ないのかもしれない。
昔、日本でB,zの野外コンサートを聴く機会があって、同じようなことを思った。

さて、タイ人アーティストによるコンサートは初めてだったが、一つ、どうしても我慢できないことがあった。
どの曲でも、観客が曲の出だしから一緒に歌ってしまい、主役のボーカルが良く聞こえないのある。静かな曲でも、伸びやかに歌い上げる曲でもお構いなし。コンサートではアーティストと観客の一体感を楽しむというのはあるだろうが,ちょっと行き過ぎである。「頼むから、黙って聞いてくれよ」と、ストレスが溜まるのであった。

きっとタイ人アーティストのコンサートは、すこし観客の平均年齢が高そうなものか、小さなスペースでやるものでなければ、もう行かないと思う。でも、これはこれで楽しい経験だった。


会場には,コンパクトカメラなら持込,撮影が見逃されていた。しかし,最近はコンパクトカメラや携帯のカメラも性能が高くなっているので,近くで取った写真では肖像権などの問題がおきないか少々心配になる。これくらい遠くからの写真なら,会場風景としてネットにのせても問題ないかと思うが。
コンサート風景

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再開発から生き残りそうな木たち

このところの世界全体の景気悪化でバンコクのマンション建設ラッシュも減速しそうだが、このところの再開発で、ただでさえ少ないバンコクの緑はさらに減少している。

かつては、大きな家、お屋敷で庭に緑があふれていたような土地がつぶされ、高層アパートへと代わる。

しばらく前から、すでに新しい高層アパートが建った隣の空き地の緑が気になっていた。すでに家はなくなっているが、小さな茂みと湿地が残っていた。しかし周囲の建物の取り壊しも進み、木が切られて更地に均されるのは時間の問題と思っていた。木がかわいそうだし、もったいないと思っていた。

更地にする前

古いおもちゃのカメラで移したので,ちょっと見づらいですが,これが更地になる前。
モノクロ写真だからといって,何十年も前の光景というわけではない。今年の8月頃だったか。

先日見ると、すでに更地にされていたが、大きな木はいくつか、移植できるように処置がされて残されていた。

更地になった後
最近の状態。

タイの人は大きな木には、しばしば精霊が宿っているとして、拝んだり、恐れたりするので、木を切らずに残そうとしたのだろうか。あるいは、大きな木は後で植栽すれば見栄えがよいし、買えば高いので利用しようと考えたのだろうか。

どちらにしても、大きな木だけでも生き残りそうなので,ほっとした。

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短い一時帰国

短い出張で日本へ一時帰国した。

年末年始に帰る予定をしていないので、合間に日本の味を少し楽しんだ。すし、うなぎ、と書くと、いかにも豪華なようだが、いずれもランチなど手ごろな値段のもの。でも、やはり日本で食べるものは美味しかった。

うな丼


正月用の食材も少し買って帰った。
帰りがけは、どうしても美味しいそばが食べたく、上野駅で乗り換えにして上野藪そばに寄ってから空港へ行った。

今回は、何年もかけて貯めたUAのマイレージでビジネス・クラスに乗ったので、帰りはシャンパン(本物)やワインを飲んですっかりいい心地になってしまった。映画はたいしたプログラムも無いので、音楽チャンネルのクリスマス特集の美しいコーラス曲をずっと聴いていた。

UAの成田―バンコク間は以前から比較的古い機体を使っていて、ヘッドホン・ジャックの調子が悪かったりするし、食事の質も低いのだが、いつも感心するのは、離着陸がスムーズであること。タイ航空だと、よく「ドッシン」と着陸するのだが、UAだといつも静かである。

成田空港から飛び立つとすぐ、東京の夜景が現れた。いつもは通路側席なのに今回は窓側になってしまったが、それは幸運だった。カメラの感度が十分でなくあまり例に取れなかったのが残念。しかし、最近はこんな夜景を見るときも、すぐに電力消費、エネルギー、地球温暖化問題を考えてしまう。

東京夜景上空より


バンコクの空港は占拠・閉鎖騒ぎの余波だろう、いつもよりもかなり空いている印象だった。

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戦勝記念塔

前に民主記念塔と周辺のことを書いたが,バンコクにはもうひとつ有名な記念塔がある。戦勝記念塔である。どちらも,アヌサーワリー##と呼ばれるが,民主記念塔はアヌサーワリー・プラチャ-・ティパタイ。戦勝記念塔はアヌサーワリーチャイ(サモーラプーム)とよばれる。

民主記念塔とその周辺がどちら言えば,歴史とある種の知的なイメージを感じさせるのに対し,戦勝記念塔はもう少し庶民的で,日常生活に身近な場所である。

何について「戦勝」か,いまひとつ分かりにくいのだが,どうもフランスが攻めてきたインドシナ紛争でタイの独立を守ったことについてのようである。

観光ガイドにはあまり出ていないかもしれないが,戦勝記念塔はバンコクのバス交通網の要所で,バンコクのあらゆる地域へのバスがこの場所を経由している。また,バンコク郊外へ行くマイクロバスも多くがこの付近を基点にしていて,バスやマイクロバスを足にする人にはなじみの場所である。

戦勝記念塔は,民主記念塔と同様ランアバウトとなっていて,その周囲にバス停が並んでいる。さらに食料から衣類まで雑多な屋台が並んでいて活気がある。

近くには他の医学部の名門マヒドン大学医学部・ラマティボディー病院などもあるが,日本人にはあまりなじみが無いかもしれない。

おそらく日本人に一番なじみがあるのは,バンコクのライブハウスとして有名なサクスフォン・パブだろうか。もともと,ジャズのライブハウスということだが,最近はブルース・ロックのバンドのほうが目立っているきがする。タイで有名になったアーティストがいくつもここでかつて活動していたそうだ。Mr. Koh Sax Man, T-Boneなどは,すでに著名なアーティストだがサクスフォン・パブでの出演を続けている。


戦勝記念塔あたりの写真を幾つか。
夕暮れの戦勝記念塔
夕暮れの戦勝記念塔

戦勝記念塔近く1
近くには雑多な店がある。特に,安い衣料品点が多い。ここは軒下のジーンズショップ。後姿の店員は実は女性ではない。

戦勝記念塔近く2
記念塔の周囲には食べ物の屋台も多い。夕餉のおかずを買って帰る。
Photo: with Olympus PEN FT

戦勝記念塔近く3
Photo: with Olympus PEN FT

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水槽掃除の失敗。そしてまたハトが

2日ほど留守にして戻ってきたら,もう何年も水槽にいた小さなコリドラスが死んでいた。
最近,元気が無い様子だし,もともと小さな種なので寿命だったのかもしれない。

水槽の水草がすこし増えすぎてうっとうしい感じになってきたので,トリミングをしようとした。しかし,ここからが,素人の失敗だった。まず,はさみで余計な葉や地下茎を切ってから,そうっと引抜いて,底の砂をかき回さないようにしないいけないところを,乱暴にピンセットで引抜いたり,ちぎったりして,底砂を巻き上げてしまった。にごりはすぐ収まったが,その後数時間して水槽を見ると,エビがほぼ全滅していた。硫化物が出てきてしまったか,あるいは亜硝酸などの濃度が高くなってしまったのかもしれない。

小さな水槽の小さな生態系,小さな生き物の微妙なバランスを甘く見ていた。エビたちに申し訳ない。

水槽とは別の話だが,今度はバルコニーの植木鉢でにハトが卵を産んでしまった。
今回は,ドバトである。peace doveより大きいし,かわいくない,しかも洗濯物を干したりする場所でもあり,歓迎ではない。

警戒して,逃げて行ってくれればと思い,朝夕はいつもどおりに植木に水遣りをし,時々窓からのぞいたりしているのだが,だんだん慣れてきたようで,2つ目の卵も産み,すっかり居座りそうな様子になってきた。

そもそも,このハトはちゃっかりしていて,木の根元にシダの生えた植木鉢に,刈取った雑草を肥料代わりにと捨てていたところへ,その枯れ草を利用して,ちょっとだけ並べ替えてすぐに巣に仕立てて卵を産んでしまったのである。

Dobato

しかし,追い払うのも忍びなく,前回同様に,こちらが普段道理にしていて逃げないならば彫っておこうかと考えている。

peace doveの雛がいなくなってから,しばらくして,バルコニーには何度かpeace doveが4羽でやってきたことがある,そのうちの2羽が一回り小さいように見え,きっとあの家族に違いないと思っている。







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その後,空港は再開したが

その後である。

空港は結局5日に全面的に再開されたことになっている。運輸省が5日の全面再開を勝手に明言した後,空港当局が否定するなど,紆余曲折があったが,5日に少なくとも形式上全面再開となったようである。国王の誕生日に空港に支障が出ていることにしたくなかったのだろう。当初言われていた,安全確認のための国際的な基準の査察の話は,どこかに飛んでいってしまったらしい。
デモ隊が押しかけたとき,いち早くフライトを止め,職員が逃げ出したT航空はいち早い再開を自慢げに,宣伝していた。

今回の騒動で何か,教訓は無いだろうかと考えてみた。

空港が閉鎖されてから,日本へ帰る臨時便が早く確保されたのは,タイと日系の航空会社だった。その座席を確保するのは容易ではなかったようだが,それでも,日本への臨時便のまったく無かった米系の航空会社や,その後臨時便が出て経由便で帰国が可能になったものの,当初日本までの切符の使いようの無かった周辺国の航空会社便などに比べると,日本もしくは行き先の国の航空会社を使うのが,何かの場合に帰国手段は確保しやすいようである。

陸路や地方空港から隣国へ脱出して日本へ帰国しようとしたときに,その隣国でのビザが必要で,そのためにはUSドルが必要なのだが,それがバンコク市内で(おそらく他のタイの場所でも)タイバーツからドルに返金できないという事態が生じていたと聞いた。原因は分からないが,実際に現場にいた人から聞いたので確かだと思う。そして,そのドルがないとカンボジアを経由したくても,入管でビザ代が払えない。どうしても困った人に,旅行会社が手持ちのドルの現金を何とかして都合したそうだ。いくらドル安,他の通貨の両替し易くなったのといっても,海外旅行にはいくらかの米ドルの現金は持っていくべきと思った。

今日,日本からタイへ戻った人から,乗っていた日系航空会社の便は3割に満たないような搭乗率で,バンコクの空港もがらがらだったと聞いた。
仕事でも,遊びでも多くの人が旅行をキャンセルしてしまったのだろう。私の仕事への影響も当分続きそうである。

街は普段と変わらず,先週末は給料日後の週末とあって,デパートも込んでいた。しかし,これから先への影響は心配である。

このところ,愚痴ばかりになってしまった。そろそろ,楽しい話題を探してみよう。

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デモ隊が空港退去を決めた

数時間が経って,予想が,すこし良いほうに外れた。

反政府でもグループは空港の占拠をとくことを宣言した。
ただし,タクシンの息のかかった内閣が出来ればデモを再開するという。

国王の誕生日を5日に控え,今日は反政府グループがやはり占拠していた首相府からも撤退を始めていたので,何か大きな裏取引で手が打たれたのかもしれない。

ともあれ,回復に向かいそうなのは良かった。しかし,現在の情報では空港復旧には時間がかかり,完全再開は15日以降になりそうとのことである。


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続く混乱、もううんざり

仕事の予定はがたがたになり、この混乱がいつまで続くのかも分からず憂鬱である。

今日は連立政権政党の3党が、選挙違反で解散になり、党幹部を勤める首相以下内閣は失職するという裁判所の判断が下された。これで反政府デモグループが鞘を収めるかという期待もあるようだが、難しいように思う。回答処分が下された与党の議員たちは、すでに用意してある受け皿政党に移って、再び新タクシン派の内閣を作ろうとするから、この対立はまだまだ続くだろう。そこへ圧力をかけ続けるために、デモ隊はまだ占拠を続けようとするのではないか、と思うのだが、これは、たぶんこれから数時間のうちに反政府デモグループが声明をだして明らかになるだろう。

街には、まだ目立った変化は無いが、一つ気づいたのは、バンコクで1番高いバイヨーク・タワーの電飾で「ようこそバンコクへ」と日本語や英語で回っていた広告が消えていることだ。もしかして、タイ観光省がスポンサーだったのだろうか。

もうみやげ物を売る夜店の屋台にも、影響が出始めるのではないだろうか。今朝の新聞には輸出向けのランの農家も打撃を受けているという記事が載っていた。日本から生鮮食材を取り寄せている、和食屋やすし屋にも影響が出るだろう。もっともそういう高級料理はめったに食べないので、私にはあまり影響が無い。

飛行機は、ウタパオ軍用空港から運航する便が少し増え、脱出ルートは広がってきたが、これらのチケットをこれから買うときっと正規料金だろうから、いったいいくらになるのか。12月中旬にはもう一度日本行きの予定がある。その航空会社はまだ一切の臨時便を運行していない。その予定を考えると、また憂鬱になる。

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タイに居残りになった休日

今日も空港再開のめどは立たず。
この期間に仕事であった,タイに出張中だった人のうち2人は,臨時便で本日帰国を果たし1人は臨時便の座席をようやく確保し,明日にようやくウタパオ臨時空港へと向かう。ご本人いわく,まだ幾多の試練が待ち構えているだろうとのこと。

帰国を果たした人も,これから乗ろうという人も,タイにはゆかりの深い人で,チケットの
予約クラスもより優先順位の高いもので,それでもようやくという状況なので,格安チケットやツアーの旅行では臨時便の座席確保はいっそう難しいだろう。

こちらは,もう出張はキャンセルされるし,この先数日の予定もキャンセルされてしまった。1,2週間先の予定を考えると,その準備についての気持ちを維持するのが難しい。
しかし,そういってもいられないので今日は,すこしコンピューターに向かって仕事をした。

朝,テニスに出かけたとき,道は込んでおり,給料日直後の日曜日でデパートはにぎわっていたのだろう。その一方でデモ隊が占拠した首相府ではまた爆弾が打ち込まれたりしており,多くの市民とデモをしている人たちの意識の乖離は大きい。

さて,日本に行き損なって,美味しい日本食が恋しいところ。秘蔵の日本米を冷蔵庫から出して炊いた。やっぱり美味しい。
タイでも日本米が栽培されていて,2キロ110バーツ,今のレートなら300円程度で手に入り,普段は,全然気にせず,十分美味しいと思って食べているが,品種の改良は土壌や気候の合わせて行われるわけで,やはり日本の米と比べてしまうとかなわない。

タイ米にはタイ米の惜しさがあるが,その話はまたいつか書こうと思う。

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