タイに住んでみると

現在はタイを離れているので,タイに居た経験から考えたことなどを時々書いています。また,タイに行く機会があれば生の情報もアップしたいと思います。

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土産物を買いに

来週は日本に行くので,今日は土産を買ったり,床屋へ行って伸びた髪を切ったりしてきた。

まだ非常事態宣言の解けないバンコクだが,デパートはもうほとんどいつもの週末の賑わいだった。

日本に帰るときに土産には,いつも少々頭を悩ます。食べ物土産では,かつてのアメリカ,ヨーロッパ旅行のようにとりあえずチョコを買っておけば,というようなものが無い。

最近は,ドライフルーツが美味しくなり,とりあえずの土産としては悪くないかもしれない。以前はタイ式の味付けで,ドライマンゴーも塩っ辛くかつ甘いという,奇妙な味がしたが,最近は果肉の香りも生きていて,適度な甘さで美味しいものも多くなった。それでも,高級感がちょっと足りないか,反対にやけに高価なものがあったりして選択に迷う。

タイ・カレーやトムヤムスープのペーストなど,タイ料理の調味料はたいがい喜ばれるのだが,安いもので,挨拶の時の土産には使えない。レトルトのタイ・カレーもなかなか美味しいのだが,これもごく親しい人向けである。

コーヒー好きの人へならば,タイ産のコーヒー豆はなかなか良いかもしれない。
ビール好きへはシンハービールがよいが,ウイスキー好きにメコン・ウィスキーを買っていっても,まず飲まれないだろう。

そんなこんなで,ドライフルーツや缶詰,調味料,コーヒー,ビールなどをかばんに詰めてみると,荷物の重さのほとんどはお土産になった。

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やはり,すこしがんばりすぎなメイドさん。

冷蔵庫の扉に張ってあるカレンダーを見て気づいた。

カレンダーは雑誌についてきた猫の写真集。写真が気に入って張っているが,予定表は留守が解るように書くのは防犯上良くないので,ほとんど空白のままである。

そこに,13日か17日までペンでしっかりと丸印が付けられている。そして,その上にGo Homeと書かれ,20日にまた丸がついてWorkと書いてある。ソンクラーン期間の休みの予定と休み明けの出勤日である。

はじめは,酔っ払って自分で書き入れた予定を忘れたかと思ったが,よく見たら明らかにメイドの書いたものだった。

片言とはいえ,英語でつづっているのはえらいが,部屋主のカレンダーに自分の予定を堂々と書き入れていくとは,恐れ入りました。

また,思わず笑うしかなかった。

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とりあえずは,落ち着いたバンコク

バンコクに戻ってきた。
要所の交差点には警備にあたる兵士の姿が目立つが,騒ぎは収まり落ち着いているようである。

連休のあいだに「カルチャーショック;タイ人」(河出書房新社)というタイ人と,西洋人(国籍は紹介されていない)の夫の共著で書かれた本(の和訳本)を読んでいた。

タイ社会の歴史も踏まえながら,タイのマナー,社会,人生観,信仰や暮らし方などが書かれていて,タイで暮らしていて感じることを整理してみるのにはなかなか面白く,助けにもなる。
著者は,基本的には郷に入れば郷に従え,という考え方で書いているので,企業で働く人のあり方などの話になると,それをいつまでも続けるのなら,外国の会社がタイで会社を続けることは難しい場合が多いのでは,と思ってしまった。

例えば,タイ人は社会,組織や人の関係の「表面的な調和」(表面的な,と入っているところがミソなのだが)を乱すことをともかく避けようとする。だから,人前や面と向かって,批判されることは非常に嫌がり,精神的な暴力とさえ思っている。だから,遠まわしに批判の意味を伝えたり(決して皮肉になってはいけない),表での対立を避けて,裏へ回って解決案を探ったりということになる。それに従うとなると,例えば会社や工場のシステムや,その人の何かが問題であるかが凡そ解っていても,それをハッキリと指摘して直ぐに直す,ということが出来なくなる。
そんなタイの中で,タイ的にやっていても続けられる,業種がタイで育てばよいということかもしれない。

ともかく,そんなことで,仕事で悩んできた外国人は無数にいるに違いない。

現在の政治の状況もこんな話と無縁では無いように思う。問題があることは解っているが,どこが問題かハッキリさせることを避けてきた。最も重要なのは,法律など表の規則で,解決をつけること(当然,問題点や責任の所在が明らかにされることになる)ではなく,社会の「表面的な調和」をいかに脅かさずに,解決をつけるかである。

そんな社会は,近代の西洋的な社会観からすれば,なんとも古い社会だろうが,ともかく,それがタイである。「カルチャーショック;タイ人」が出版されてから10年以上経っているので,古い慣習がかなり廃れてきているようだが,まだまだ,タイ人の根っこは変わっていないと感じた。

しかし,社会の色々なもの,取り巻く環境も変化して,ひずみはだんだんと大きくなってきている。

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衝突の続くバンコクなのだが

今日は一日,バンコク市内はいくつ物場所で赤服による道路封鎖と軍による排除のための衝突という騒ぎで,ソンクラーンの浮かれた雰囲気はかき消されてしまった。

戦勝記念塔では比較的大きな衝突があり,わたしのところでも威嚇の空砲の音が聞こえてきた。落ち着いた頃を見計らって野次馬に出かけてみたが,もう赤服の姿はなく,救護の腕章をつけた兵士はのんびりと弁当を食べていた。依然としてタイヤが燃えている場所があり,センセーショナルな写真を撮りたい“報道写真家”が炎を前景にすべく写真を撮っていた。

燃えるタイヤ


その後はあちこちで,ゲリラ的な道路封鎖を試みる赤服と軍隊の衝突が繰り返された。報道によっては,赤服を群集,あるいは民衆としているかもしれないが,ここで様子を見ると,彼らは,比較的限られた人数で,あちらこちらに移動しては,騒ぎを起こしているようで,とても民衆のデモとはいえない。おそらくそのほとんどは,バンコク以外の出身者で,バンコクの住民のほとんどは,迷惑に思いながらも,過激になる行動が恐ろしく黙っているというのが,より本当に近い状況だと思う。

近所のセブンイレブンも暴徒の略奪を恐れて,臨時へ移転し,窓には新聞を張って中が見えないようにしていた。多くの店が閉じる中で,昼時に開いていた食堂がかなり繁盛していたのがタイらしかった。

ソンクラーン休暇とこの騒ぎでバンコクの街はほとんど閑散としているのだが,おかげで,初めて経験するさわやかな空気である。暑くても空気は本当に普段と違って深呼吸したくなるような空気なのである。便利な車によっていかに失っている事が大きいのか,こんなことから実感しているのである

制圧後の戦勝記念塔
こんなさわやかな空の戦勝記念とは見たことが無かった。

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うんざりの赤シャツ騒ぎ

混乱は益々その度を増しているよう。
バンコクには非常事態宣言が出された。

赤シャツは,あちこちで道路封鎖を繰り返したりしているらしい。ところがこの情報にも問題があって,主要な英字新聞を出しているようなところでも,誤報が多い。それも,騒ぎを煽っているとしか思えない報道である。
赤シャツが軍から戦車を奪った,などという報道もある。しかし,これもこれまでの様子を見ればありえない話でもない。

一方,この騒ぎには多くの人は,迷惑だと思いながら,まるで他人事のようにも捕らえていて,用をなさない警察(と軍)とあいまって,単に暴徒と化した赤シャツの騒ぎはやりたい放題と言う様子だ。

いくら怒ってみても,話は通じず,自らの主張(それを民主主義の実現と言っている)を通すためには,」他人を傷つけても,人のものを破壊してもかまわないという連中なので,黙っているより無い。そんな風に思っているのが,大半のタイ人の気持でもあるように思う。

こまった,本当に困ったもののだ,こんな状況が続くと,自分を含めて多くの人がタイにいる理由(仕事)が無くなってしまう。

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治まらない赤シャツの騒ぎ

バンコク市内の交通を混乱させた赤シャツによる,道路封鎖は解かれた。ここまでは,私の予想と期待の通りとなった。
ところが,アセアン会議を行っていた海辺の町パタヤーで会場のホテルに乱入し,会議を中止に追い込んでしまった。

何でこんなことが,いとも簡単に起こるのか理解しがたい。
警戒に配備された警察や軍隊が,騒いで暴れている市民が各国の首脳のいるホテルに乱入するのを防げないのである。警察や軍隊はほとんど何もしていなかったように見える。

タイの国の権力構造の問題だろうか,あるいはルールがあってもそれは等しく適用されずに来たからだろうか。いま,警察や軍隊は“正義”を掲げて騒ぐ暴徒(服が赤でも黄色でも同じ)には何も出来ない。去年の空港閉鎖騒ぎの悪夢も頭をよぎる。

ソンクラー祭り(水掛祭り)の前なのに,激しい雷雨と厚い雲が覆った今日のバンコクの天気そのもののタイの状況という気がする。

さて,どうするのだ。タイ。(と,ビールを飲みながら,と一人でほえてみる)

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戦勝記念塔の道路封鎖

赤シャツによる戦勝記念塔のロータリーを始めとした道路封鎖。全く迷惑な話だが,さいわい高架鉄道は普通に動いているし,実害は受けていない。

さて,戦勝記念塔の昨晩と今朝の様子である。

戦勝記念塔昨晩

確かに昨日の夜は,それなりに人が集まっていた。

戦勝記念塔今朝

今朝は,この通り。もう多くの人は家に帰ったか,他の場所へ行ってしまったようだ。
明日から,ソンクラーン(タイ正月)連休に入るので,バンコクの交通を混乱させる効果もあまりなくなるだろう。赤い服を着て暑いところに座っているより,故郷に帰って水を掛け合う方がお祭りとしても面白いだろう。
ということで,赤シャツの道路封鎖騒ぎは,そう長続きしないと予想しているし,それを期待するのだが,まだ,分散して騒ぎを続ける様子もあるようだ。

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赤シャツによる騒ぎが大きく

困ったことに、騒ぎは大きくなってきてしまった。

タクシン元首相をしじする、赤シャツを着たグループは、現首相の辞任などを要求して騒いでいる。
今日(9日)の昼からは、道路の主要な交差点の一部を閉鎖する行動に出た。戦勝記念塔の交差点がメイン・ターゲットとなっているようである。

渋滞を引き起こして、首相を辞任させるのだそうである。
わからない論理である。

テレビ中継を見ると、タクシーが路上に止まって道をふさいでいるようだが、街にはいくらでも警察官がいるし、路上に違法に駐車し通行を妨げるだけでも十分に、強制的に排除して処罰できる理由があるはずだが、いとも簡単に事は起こってしまったようだ。

このデモを海外から電話中継をして煽っている逃亡中のタクシン氏は、タイ国内にいた子供も国外に逃げさせた。それでも、タクシンを支持してデモをする人の気持ちも、わかり難い。

やっぱり、わからないことの多いタイである。

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フィルムカメラ:AGFA PARAT I

しばらく前に手持ちの古いフィルムカメラを引っ張り出して以来,フィルムで写真を撮り続けているだけでなく,次第にカメラそのものに関心(というより欲というべきか)が出てきて,気が付くと(変な言い訳),何台ものカメラを持つようになっていた。父親から返済期限無しで借りているCanon7,子供の良く見たOlympus Penなど,など。Olympus PenはEES, FT, Fと3台になった。記憶にあったPenはEESのようなコンパクトカメラだが,バンコクのカメラ屋で一眼レフであるPen FTを見て,そのスマートなスタイルに一目ぼれしてしまった。そして,ハーフカメラの縦長フレーム(普通に構えると,カメラをたてに構えたと同じ縦長の画面になる)の面白さと,普通の35mmの2倍撮れる経済性ですっかり気に入った。

最近,バンコクのフリーペーパー(Web)フィルムカメラが特集され,ほしかったカメラを売っている店を発見し,また1台増えてしまった。
ドイツのAGRA PARAT-Iというハーフカメラ。少々おもちゃっぽいのだが,日本のカメラには無いデザインで実におしゃれな感じがする。
うれしい事に,オリジナルの皮ケースまでついてきた。これがまた,なかなかにおしゃれ。

AGFA PARAT I
皮ケースの内側には,何人かの名前が書いたり,消されたりしている。

AGRA PARAT-Iはマニュアル。絞り,シャッタースピード,ピントは目測で合わせなければいけないが,単体の露出計や組み合わせ表を目安にとると,大体うまくとれた。出来上がった最初の写真をみると,移りはシャープだし,色がきれいに出ていてうれしくなった。

WTC1

WTC2

消火栓3

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シミラン:続き

富栄養化の兆し
富栄養化の兆し?

きれいなシミラン。
こちらは、まだまだ、きれいなシミラン。

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シミラン諸島ダイビング

もうひとつ最近の話。

シミラン(スミラン)諸島に出かけた。この場所はダイビングで有名な場所である。世界でも有数(もちろんアマチュア・ダイバーが出かけられる場所として)の美しく,豊かなダイビング・サイトとも言われてきた。もう何年も前から,行きたいと思っていたが,行きそびれていた。
そして,ついに,3泊4日のクルーズ・ダイブに出かけた。クルーズ・ダイブといっても,豪華な,たいそうなものでないが,船に泊り込んで1日4ないしナイトダイブまで入れて5ダイブという,贅沢なツアーである。

シミラン(スミラン)諸島はタイの沖合いアンダマン海に浮かぶ諸島で,多様な生物,大きな魚類,手付かずの自然,透明な水質で知られていたが,残念ながら多くは過去の話になりつつあるようである。

ダイビング・ボートもさることながら,スピードボートでプーケット島(一大観光地)からのスノーケリング・ツアー客が押し寄せ,どうみても人間のもたらす栄養(残版,排泄物)はサンゴ礁の生態系をすでに壊し始めている。サンゴには死んでいるものが目立ち,水はプランクトンで濁り,水面には赤潮さえ沸いている場所があった。

周辺には漁船も目立ち,大きな魚の目もくらむような群れはついに見られなかった。
一部では,きれいなサンゴの広がりが見られ,念願のマンタも見られたのが救いだった。

それでも,あまり数が無いが,今まで潜った場所としては,ベストの部類だろうか。しかし,自然を保って観光資源とするのが以下に難しいか,見せ付けられる経験だった。

マンタ
ダイバーの吐き出す気泡で,シャッターチャンスがなかなか無かったが,吐き出す息をおさえ,泡を避けてマンタの姿を移すことが出来た。

上に書いた話と矛盾するかもしれないが,実際にマンタの泳いでいく姿を水中で見ると,なんと美しい生き物がいるものか,海が人間の都合で壊してはいけない場所かということ肌で感じることができるもので,ぜひ実際に見てほしいとも思った。

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"same same"

バンコクは今日も激しい雷雨があり,もうすっかり今まで経験してきたソンクラーン休み前の気候とは様変わりというかんじである。天候はともかく,街は連休を前に何となく浮かれた雰囲気がする。

土曜から3連休だったが,とくにどこにも出かけず,休みらしいのは,久しぶりに3日連続でテニスをしたということぐらいだろうか。それでも,休みで一息ついたので,最近あったことから少々考えてみた。

タイの人と付き合うとき,気をつけなければならないのが,”yes”の返答である。
タイの人はNoとか知らない,分からないというのが嫌なのか,よく解ってないとか,出来ないのではと思いつつも,”yes”の意思を示す。この場合は後で考えると,何となくあいまいな返事なのだが,ともかくその身振りからも”yes”と思える返事をする。例えば,タクシーに乗るときに行き先を行って,解ったようにうなずき,乗車を促す。ところが乗って走り出すと,それがどこが全くわかっていないということもしばしばである。

先日,南にでかけているときには,バスの車掌でえらい目にあった。行き先を何度も告げて,明らかに”yes”の返事で荷物を運び込み,早く乗れと促された。ところが,のって30分ほど経って切符を売りにきたら,違う行き先を言う。どうしたらよいのだというと,とりあえず本来の行き先と全く方向の逆なバスの終点まで行けばよいという始末。明日になればバスがあるだろうという。

途中で降りて,色々な人に助けられながら,最後はなんとか目的地へのバスに乗ったが,その途中も親切ながら,不正確な情報を教えてくれる人に振り回され続けた。

もうひとつ危ない”yes”は即答過ぎる”yes”である。とくに”dai dai”=can, canと繰り返されたときは要注意である。ここでも細かいことを確認せずに,とにかく”yes”というので,あとで話が違う,ということになりがちである。

また良く効くフレーズには,”same same” というのがある。あれと,これはどう違うのだときくと,”same same”と即答されたりするとあやしいのである。ちっとも同じでなくても, ”same same”といわれるので要注意である。
先日,”same same”と入ったTシャツを着ている人がいた。言葉の怪しさはタイの人も自覚しているらしい。

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あやしい空模様

昨日も激しい雷雨があり、あやしい空模様の続くバンコクである。

政情の方にも、すこしあやしい雲が出てきた。

親タクシン元首相かつ反現政権の赤服を着たグループの騒ぎが、少しずつ大きくなっているようだ。ただし、無責任に騒ぎをあおりたがるマスコミの報道なので、はたしてどの程度大きくなって言うのかはわからない。依然として前回の黄色服のグループの時に比べると、大半の人は、現政権にしばらく任せて様子を見たいと考えているようで、騒ぎもいい加減にしてほしいと感じている雰囲気が優勢な点が異なると思う。赤服グループのデモは、前回の黄色服のまざに二番煎じ、という感じがそれを助長している気がする。それでも、追い詰められたタクシンは、逃亡先の海外から電話中継に出て、必死に赤服グループを煽っている。

そんなタイミングで、また、タイとカンボジア国境で国軍同士の小競り合いが起きた。タイの外相がカンボジアのフンセン首相を馬鹿にした発言をして、フンセン首相怒りをかった(外相が、誤解を招く発言をしたとして謝罪した)直後である。政治の混乱に、国境紛争となってしまっては、ますますタイへ人は来にくくなる。もっとも権力争いをしている政治屋には、国民や国がどうなるかが第一の問題ではないのだから、こんな小競り合いも政治の駆け引きの一つなのだろう。

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イチゴ

バンコクでもよくイチゴが売られるようになった。

先日、ホテルに泊まっているときにNHKのニュースで、タイの山間部でのイチゴ栽培の様子が紹介されていた。山岳民族の村の段々畑で栽培され、貴重な現金収入源になっていると紹介されていた。タイ・ラオス・ミャンマーが国境を接する山岳地帯はゴールデントライアングルとよばれて、ケシの栽培、麻薬の精製で有名な場所だった。ケシの栽培を止めさせるため、いろいろな換金性の高い作物の栽培が試され、奨励されてきた。ソバが導入されたこともあるらしいが、バンコクで見かけないところからすると、うまくいかなかったらしい。コーヒーやお茶は品質も上がって、上質なもののブランドになっている。イチゴも新たな換金作物として導入されたのだろう。

タイのイチゴ
どうだろう、なかなか美味しそうな姿ではないか。

さて、肝心の味のほうは。
んーん。残念ながら、味は見た目の見事さからは遠い。少々硬く、酸味も甘みも薄い。
きっと、栽培の普及には日本からの協力もあったと思うが、味の向上にまだまだ、できることがありそうな気がする。
農薬や肥料を適切に使用しているかも少々不安である。写真のは一応、有機農産物認証シールのついたものである。

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やはり、雨の降るバンコク

無事バンコクに戻りました。

バンコクに戻ってきたら激しい雷雨にあった。そして、今日は晴れていてもやや涼しくさわやかな天気である。4月の初めにしては、涼しすぎるし、雷雨がくるにも少々時期が早すぎる。4月中旬には“水かけ祭り”のソンクラーン祭りが控えていて、本来はそのころまで雨がほとんど降らないので、水を掛け合うのも気持ち良いのだが、去年もソンクラーンの時期には雨が降ってしまった。だんだん季節の移り変わる時期がずれてきているように感じる。

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