タイに住んでみると

現在はタイを離れているので,タイに居た経験から考えたことなどを時々書いています。また,タイに行く機会があれば生の情報もアップしたいと思います。

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チャーン島・スノーケリング

4日はスノーケリング・ツアーに出かけた。

朝8時半ホテルの前の浜に集合。そこへ少し大きなツアーの船からボートが迎えに来るという。実際に現れたのは9時過ぎだった。
2階建て(プラス屋上デッキ)の木造船。2階には大きなソファータイプのイスが並んでいて、ソファーに腰掛け、のんびりと揺られながらの移動だった。チャーン島のさらに沖にある島を3か所ほど周って、帰るのは夕方5時ぐらいと、一日たっぷりのツアー。

Fune
なぜか,トラ模様,ひょう柄のソファーカバー。
(関西のおばちゃんかい!と突っ込みをいれたくなりませんか。)

あちらこちらの浜から客をボートで運び、全員揃ったところでスタッフからガイダンスがあった。感心したのは、安全はもちろん、スノーケリングでサンゴを壊さないよう、絶対にサンゴの上に立たないこと、海中から生き物、物を拾ってこないこと。サンオイルはスノーケリングに入る30分前までには塗っておくこと。など環境に配慮したガイダンスが何度もされていたことだった。タイでは、まだまだこういうガイダンスをしっかりするところは少ないと思う。

午前中にまず1ヵ所。砂浜と沖に少しサンゴのある島へより、1時間ほど。
船に戻って、移動中にランチ。タイ料理とパスタ類のビュッフェ。味は悪くない。量もたっぷり。
午後は、2か所。一か所目はやや深い沖に泊まり、オプションで小舟で島に渡るか、船の周りでシュノーケリング。
2か所目は、小さな岩場の島の周りのサンゴでのシュノーケリング。この場所はサンゴの状態もよく、なかなかきれいだったが、数日前から少し波があり水はやや濁っていた。

Sango
この日はだいぶ濁っていますが,サンゴは元気そうでした。

最後に、猿のいる岬をかすめて、宿のある浜の沖へと戻り、小舟で海岸まで送り返してもらった。
1日のツアー。食事、おやつなどついて1300バーツ弱。これも、なかなかコストパフォーマンスは高い。

ダイビングをする人には、もちろん物足りないし。アンダマン海のサンゴを知っていれば、確かに見劣りするが、1日船に揺られ、しっかりご飯を食べて、ときどき泳いで、船で一休み。なかなか楽しいものだった。

頑張って水着を買い込んだ母は、再び大満足の様子だった。父も。

今回乗ったタイファン・ツアーも「ランナーカフェ」の「うた」さんに予約をお願いしました。


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チャーン島・象トレッキング

正月の終わりももうそこまで来てしまった。

今になって正月休みのことを書くのも、少々間が抜けているが、やっぱり書いておきたい。
さて、2日から日本から来た両親とともにでかけたのが、タイの東部、カンボジア国境に近いトラート沖にあるチャーン島である。宿が、いまひとつだった話はすでに書いたが。3日からの海と山の遊びはとてもよかった。
3日は、ゆっくり起きて、10時半ごろから象・トレッキングツアーに出かけた。

宿まで車が迎えてきて、島の中、山の谷間にある象キャンプへと連れて行ってくれた。
キャンプにつくと、象ががいる、いる(あたりまえか)。パイナップルと水が出されて、一休みした後、ゾウに乗って1時間近くだろうか、山道をのんびりと歩きまわる。基本的には象の上に台座がくくりつけてあり、そこに座るのだが、途中で首のところにまたがらせてもらうこともできた。
キャンプに戻ってくると、象にお礼のバナナを上げる時間である。これもまた楽しい。
そして、次は象と一緒の水浴びである。2頭の象と一緒にあるいて小さな川まで降りていった。そして象使いが、象を川に入れ、座らせるか、横にならせる。そしてお客さんはその上に乗って、ブラシで洗ってあげるのである。サービスで象の鼻から水を一緒にかけてもらうこともできる。

バンコクで、必死に水着を探した母は、あきらめずに買ってきてよかったと喜んでいた。小柄な母は、なかなかサイズの合う水着がなく、スポーツ用品売り場で子供用の水着からようやく、合うものを見つけたのである。

トレッキングと、水浴びを併せると2時間近くになるだろうか。そして宿までの送迎がついて、900バーツであった。これは、タイで体験する象乗りとしては、かなりコストパフォーマンスが高いと思う。
何より、森の中で象たちも穏やかな顔をして幸せそうである。象使いたちも、すれていなくて、とても気持ちの良いツアーだった。

私の乗ったゾウは、50歳のそろそろおばあちゃんの象。一人で乗ったので、おばあちゃん象となり、ゾウ使いは9歳の男の子となった。賢い象は、きっとこの子供の象使いに愛情を持って接しているのだろう。象が好きでたまらない、という感じのこの象使いの子と象の気持ちが通じていることは、素人にも見えるようだった。

象使い
Canon Demi EE1.7

象使いの少年9歳。

象のり
Canon Demi EE1.7
少年が象に乗っている様子を撮ってくれるというので,カメラを渡した。すると,フィルム巻き上げが珍しく,喜んでしまって,何枚も何枚も撮られた。カメラは,目測でピントを合わせなければいけないし,露出も条件によって微調整が必要なので,ぼけた写真が20枚ほどになり,フィルムを使いきられてしまった。
でも,よしとしよう。こどもの目線の写真をみるのはおもしろいし,なかには,味のある写真も撮れていた。
この上の写真など,森の中を行く雰囲気が出ている。(お見せするほどでない顔はぼかしてあります。)

蜘蛛
Canon Demi EE1.7
彼の関心は,蜘蛛にもあったようだ。


チャーン島にはいくつも象キャンプがあるようだ。どのくらいサービスに差があるかわからないが、ともかくこのBan Kwan Changのトレッキングはお勧めである。

この象・トレッキングは、チャーン島で、タイ人のご主人とカフェをされている「うた」さんのブログサイトでしり、「うた」さんに予約をお願いした。
「うた」さんのサイトは「チャーン島」「ランナーカフェ」と入れてgoogleで検索をかけると、Yahooブログのサイトが出てきてすぐに見つかりるので、チャン島行きを考えている人はぜひ見てください。

ちなみに,チャーン島のチャーンは象の意味。

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腰痛

テニスでは,全豪がそろそろ大詰め。

さすが,グランドスラムは,試合の充実度が違う。ランキングを落とし気味の実力者も,若手も頑張って,1回戦から激しい試合がつづいている。時間帯から生中継がほとんど見られないのが残念だが,このところ仕事に余裕がないので,寝不足にならないのでよしとして我慢しようかと思う。

ナダルが,故障もあってマレーに負けたのは残念。でも,そろそろマレーがグランド・スラムタイトル保持者に加わるのも見たい気もする。
ダビデンコが負けてしまったのも,おなじような意味で残念。強いフェデラーを見たいので,気持は複雑。

テニス中継を見ると,テニスをする気分がどうしても盛り上がる。先週末は,すこし腰に違和感があったのだが,テニスしたさに我慢できず,早朝テニスに出かけてしまった。そして,大いに腰を痛めてしまった。土用は,午後から飛行機とバスでタイの南までの移動。よく日曜は900キロを車を運転して戻ってきた(運転は2人掛かりだったけれど)。これは,つらかった。

今朝は,ようやく,寝返りをうてるようになり,すこし寝不足感が取れた。
今週末は,どうも,我慢してテニスを控えないといけないようである。と,ここで自分に言い聞かせているのである。


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ビエンチャン4

さて、凱旋門を見た後は、これもお目当てだったバゲット・サンドを食べて、半分は持ち帰りとして、ワイン1本とビアラオ2缶を土産に買いこんで帰路に就いた。

ビエンチャンのバスターミナルからは、ウドンタニ行き、ノンカイ行きが比較的多い本数出ている(2時間に1本程度)このほか、ウドンタニからもう一つバンコクよりの都市、コンケンへは1日2本、さらにバンコク寄りのナコンラチャシマー(コラート)へは1本(早朝発)の運行がある。

ウドンタニまでの料金は22,000キップ。タイから来るときの80バーツよりは少し高い。
通関の問題なく通過してウドンタニについた。
タイの地方都市へ行くとどこでも問題だが、公共交通があまりなく、空港と市内の移動にはお金がかかる。バスターミナルから、空港までわずか20分余りでつくのに、タクシーの言い値は200バーツ。ふざけるな!としか言えない値段である。トクトク(3輪タクシー)にしても100バーツまでしか値が下がらず、時間もなく仕方なく100バーツで空港まで行った。
フット・マッサージ屋の人には、タクシーならメーターで行くから、トクトクよりも、タクシーにしたらよいと言われたのだが、外国人なので、足元を見たのだろう。こういったことは日本から外へ出れば、あちこちの国で当たり前のことだとはいえ、タイがいやになる瞬間である。


Bsand
ベトナムでもおなじみのバゲットサンド。フランス植民地時代の「正の遺産」でしょうか。安くておいしい。
はさんであるものは,レタス,フェンネルのようなハーブ(フェンネルかもしれない),きゅうり,なますのような野菜千切り,そして,パテ,ひき肉,ちょっと中華風な豚の焼き肉のスライス,タイでも見かける甘い豚肉のふわふわした干物肉を挟んだりもする。
右後ろのカメラは,最近お気に入りのTopcon RE Super

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ビエンチャン3

さて、翌日の日曜日。昨晩は少々飲みすぎて、ゆっくり目の朝になったが、ホテルの5階にある食堂のテラスで朝ごはんを食べた。安い宿なので、多彩なメニューとはいかないが、ご飯もの、おかゆ、トースト、果物と一通りあり、中でも、ベトナムやラオスでおなじみのバケット・サンドがあるのがうれしかった。

テラスでメコン河を眺めながらの朝食は気持ちよかった。
大した荷物のなかったので、チェックアウトしてそのまま街の散歩に出た。ビエンチャンの街にはこれといった観光の目玉スポットはない。お寺は、タイのチェンマイあたりの様式に似て、朱色の地に金で装飾が施されており、すこし地味である。これは、バンコクあたりの寺よりむしろ日本人好みだろうか。
まちにはまだ高層ビルはなく、道もゆったりしている。ラオスの国旗とともに掲げられている共産党の旗をみると、ラオスが共産主義国であることに気づく。ベトナムとはフランス領だったことも共通してか、ビエンチャンの町はタイとベトナムの街を混ぜて、それをずうっと薄めて田舎町にした、という雰囲気である。人の顔も、タイの人とは少し違う。全体に小柄で、顔が薄めなところはベトナムの人にも似ている気がする。

ラオ語はタイ語と近く、タイ人とラオス人が会話すれば、お互いの言葉でだいたい理解できるそうだ。とくにタイの北部の言葉はよりラオ語と共通しているという。そんな理由もあり、タイにはラオスからの出稼ぎが(多くの不法就労者も含め)多く、またタイ北部、東北部の大学にはラオスの留学生も多い。ウドンタニから乗ったバスも、乗客の多くはラオスからの出稼ぎの人だった。

さて、これといって、観光の目玉のないというビエンチャンだが、街の散策を楽しみながら行った先が、凱旋門 Patousay、。フランスの凱旋門を模して1960年に建設が開始されたそうだ。1953年にフランスから独立して、1975年の共産党政権の成立まで、内戦を含めて混乱していたというので、この門の建設はまだ混乱が収まっていなかった時期に始まったことになる。それで、いろいろな歴史や政治的な事情が絡み、実はいまだに完成はしていないのである。
サグラダファミリアのような話とは事情が違う。

西洋と東洋の様式、きれいな装飾とコンクリートや鉄筋がむきだしの壁が混ざり合った不思議な門は、複雑な歴史を表しているということのようである。門に上って街の眺めを楽しむだけでなく、ちょっと歴史のことを考えてみるにも、尋ねる価値はある場所だろう。
Gaisenmon1
「凱旋門」

Gaisenmon2
門についての説明。
..but never completed due to the country's turbulent history. とある。

他にもビエンチャンの写真を管理人のアルバムにアップしました。

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ビエンチャン旅行2

さて,夕日とビールで気分が良くなったところで,今回のお目当てフレンチレストランへ。
ネットなどで評判を探して,目星をつけたシーラパーへ。Google Mapで探したところでは,凱旋門の近くだったのだが,どうも移転したらしく,さいわい泊まった宿の比較的近くだった。ホテルのスタッフが三輪タクシーを拾ってくれようとしたが,ちょうどつかまらず,近くだからと車で送ってくれた。ありがたい。場所はWat Inpeng(インペン寺)のある交差点の近く。

評判が高いだけあって,混んでいた。すでに満員。いつ席が空くかわからないがそれでも良ければ,といわれてカウンターで待つことに。ビアラオの黒をちびちびとやっているうちに席が空いた。4人がけ席を1人で占領するので申し訳ない,といったがシェフはそんなことは構わない,ゆっくりどうぞと言ってくれた。

合鴨ローストのサラダ。本日のスープ,魚のソテー,クレム・ブリュレを食べて,コーヒーをのんだ。ワインも1本空けてしまった(これはどうにも飲みすぎだ)ワインが1500円ほど,その他の食事が2700円ほど。料理に手抜きなく美味しかった。量もたっぷりあった。魚がティラピアだったのが少々不満だが,臭みのないティラピアだったので,決してわるいものではない。ただ,メニューにティラピアとわかるように書いてあったら注文しなかったけれど。

混んでいても,客に分け隔てないサービス。美味しい料理と気持のよい店だった。

合鴨サラダ
カモの下に隠れている,トマトなど野菜をアンチョビーで味付けしたサラダが美味しかった。

Tilapia
ティラピアは,青臭いにおいがすることが多くて好きではないのですが,これはにおいの問題はありませんでした。











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ビエンチャン旅行1

先週末はラオスのビエンチャンまで行ってきた。

実はビザの延長申請の準備を忘れて,急遽の一時国外であった。
今持っているビザは1年有効のマルチプル・エントリービザなのであるが,入国時には3ヶ月の有効なスタンプしかもらえず,3ヶ月のうちに国外に出なければ,延長申請をしなければならない。ところが,この1年近く3ヶ月のうちには必ず海外出張があったので,延長手続きの準備をすっかり忘れていた。申請のための裏書をもらう手続きも間に合わないので,急遽いったん国外に出ることにした。

そこで,費用が安くて出かけられる場所として,ビエンチャンへ行くことにした。ビエンチャンまで直接飛行機で飛ぶと,国際便になるので,それなりに高いチケットになる。そこで,ビエンチャンに近いタイ東北の街ウドンタニまで格安航空のノックエアでとび,そこからビエンチャン行きの国際バスに乗ることにした。直前の予約だったが,4200バーツあまりで往復チケットが取れた。国際バスと書くと立派なバスのようだが,バンコクからの長距離バスよりもよほどみすぼらしいバスである。ウドンタニの空港からバス乗り場へは空港リムジン(古いバン)で80バーツ。バスで国境を越える人も多いのか,ビエンチャン行きのバスの出るターミナルに行きたいといえばリムジンカウンターのスタッフは直ぐにわかる。この国際バスの料金も80バーツ。2時間余りかかる工程を走っても,ウドンタニの空港からバス乗り場へまでの20分足らずと同料金である。後者が高すぎるのであるが。

ウドンのターミナルから,タイ側の通関まで1時間強。出国手続きを済ませると,バスはメコン川にかかる橋を超え,ラオス川の通関へ着いた。日本人はラオスへは観光であればビザ無しで入れるようになったので,入国管理は簡単なものだった。そういえば,荷物検査さえまともに無かった。
ラオスの通関からビエンチャンまでは40分あまりだったか,2時発のバスに乗り,都合2時間15分ほどでビエンチャンへ到着した。

ラオスの人口は700万人に満たず,東南アジアではもっとも人口密度が低いそうだ。首都のビエンチャンもタイの田舎町よりも小さく,のんびりした雰囲気である。フランス植民地時代の名残か,街は所々にすこし洒落た雰囲気があった。これもフランス植民地の名残で,手ごろな価格でなかなか美味しいフランス料理,ベトナムと同じく安いバゲット・サンドが食べられるというので,これを楽しみにしてやって来た。

バスターミナルから宿まで地図を見ると3キロ以内の距離な用なので,涼しい季節のメリットも生かすべく,歩いて行った。ところが,宿へ続く道は未舗装路。まさかそんな場所と思わず,ぐるぐるとまわり,迷いに迷って,宿に着くころには日が落ちてしまった。チェックインするとフロントスタッフが,5階レストランのテラスからの眺めが,今なら最高です。是非どうぞと言ってくれた。砂埃まみれだったので,シャワーを浴びてから上がってみたが,実にすばらしい夕焼けを眺めることができた。

メコンの水面が赤く染まり,川向うのタイの街を眺める。これだけでも来てよかったと思うほど。
柄にもなく,なんとなくセンチな気分になりながら,ビヤラオ(ラオスビール)が最高に美味しかった。

メコンの夕暮れ

宿に着く直前,同じ川辺から落ちる夕陽を撮っていた,高価なデジカメ一眼レフをかかえた年配の西洋人3人組。「夕日が落ちて15分くらいは,空の色が変わってくるかもしれないから待っていよう。」と言っていたが,日没直後からは空にはあまりきれいな色が出なかったので,10分ほどで帰ってしまった。残念でした。この日17時48分の日没から,20分余りで再び深い色に染まるドラマが始まったのでした。

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チャーン島の宿

チャーン島ではビーチのリゾートホテルに宿泊した。
ネットで予約したが,1泊3人(1エクストラベッド)朝食付きで,2万円ほどである。正月の繁忙期,日本での宿泊費を考えれば,決して高くはないが,決して安くもない金額である。ホテルらしい,行き届いたサービスを期待してもよい値段だと思う。

残念ながら,サービスの質は値段相応ではなかった。3人の予約にも関わらず,部屋にはエクストラベッドやタオルは用意されておらず,後から用意された。その時もスリッパを忘れていた。

ホテルでの夕食も満席でもないのに,スタッフはとても客数に対応できておらず,注文もなかなか取りに来なかった。
8時間近くの移動で,両親ともに疲れていたので,不満爆発寸前になった。
食事の質はそう悪くなかったので何とか我慢できたが,少々いやな予感だった。

コテージ式の部屋は木がぜいたくに使われていて,なかなかおしゃれで落ち着く部屋であった。しかし,ここにも問題あり。
シャワールームの床の傾きがうまくできておらず,シャワーを浴びると洗面台の前に水があふれてきてしまう。シャワーはお湯の圧力が弱く,一定しないので,お湯が熱くなったり,ぬるくなったり。しかもシャワーヘッドの調子も悪く,タラタラと垂れるお湯しか浴びられなかった。さらにエアコンのファンの音がうるさく,もっとも弱い風にしてもかなりの騒音で,安眠を妨げられた。
扇風機はないので,エアコンを止めてしまうと暑苦しくなるので,うるさい音に時々目を覚ましながらということになった。

救いなのは,敷地全体は静かで,緑も多く気持がよいことだった。

タイでは,よくプロフェッショナルがなかなか育たないという人がいる。確かにその通りだと思う。
ホテルでも従業員の入れ替わりが速いと聞く。日本人があまりにも気をまわしたサービスを期待しすぎなのかもしれないが,それにしても,いろんなことが中途半端,気にするべきポイントがずれている,と思うことは多い。

ホテルのベッドには,毎日可愛く象の形や花の形に畳まれた代えタオルおかれた。それは,確かにサービスである。楽しい。
しかしだ,それ以前に,うるさいエアコン,お湯のまともに出ないシャワーを何とかするべきである。1泊2万円も取っているのだぞ!

ホテルのフロントには,ジュースやスナックが用意されているが,玄関スペースには肝心のドアボーイがおらず,車から降りても荷物運びを手伝ってもらうには,こちらからスタッフを呼びに行かなければならなかった。

ホテルのマネージャーらしい人物をちょくちょく見かけたが,失礼ながら,ホテルマンの雰囲気を持っていないと思った。人をもてなす顔をしていないのである。スタッフを見張るばかりの顔。彼もおそらく本当のプロではないのだろう。
観光を重要な産業と考えているタイでは,数年前からツーリズム・ホスピタリティーといった観光学科のような学科の設置が相次いでいる。プロになるための素養をおしえられる教員がどれだけいるのか,正直なところ疑問に思っている。

もっとも,そういうサービスは高い値段を払うホテル・リゾートに求めるもので,安い宿に泊まっているときなら,タイならではのゆるーサービス,たらたらと歩くスタッフ,失敗しても笑っているスタッフも,タイならではの味で,楽しいものである。


ホテルのテラスから
少々不満もあったが,砂浜をみながらの朝食はとても気持のよいものだった。

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2日はチャーン島へ移動

正月2日からはタイの東部の島、チャーン島へ出かけた。
チャーン島はタイの東のはずれ、カンボジア国境近くの町トラートの沖にあるタイで第2位の面積を持つ島である。ちなみに1位はプーケット島。

数年前のガイドブックにはチャーン島はまだまだ開発が進んでいない、静かなリゾートと書いてあるが、近年急速に開発が進んでいる。島は山がちの地形で平地が少なく、長い間大きなリゾート開発がされていなかったようである。
しかし、次第にヨーロッパからのツーリストに穴場として知られるようになり、コテージが増え、最近は高級なリゾートがどんどん作られている。3年ほど前にも行ったのだが、さらに開発が進んできているという印象だった。
それでも、まだバーであふれるような騒がしい場所は限られている。

島の道はまるでジェットコースターのレールのようである。自分の運転する車でも、よく登れるなあ、というような上り下りが随所にある。トラートからフェリーで渡り、島の中心部へ行くには急坂のある2つの峠を越えなければならない。そんな島なので、タクシーは小さなトラックの荷台にイスをつけたソンテウのみで、料金が高いのが難点である。
今回は自分の車で行ったので関係ないが。

自分で運転をしていたので,急な坂を撮った写真がなかった。
フェリー桟橋から二つ目の峠を越え,島で一番賑やかなSai Khae Beachを見下ろしたところ。

峠から
"Gakken Flex"

話は戻って、バンコクからトラートまでは、車で5時間半ほどかかった。出発が昼過ぎになったので、7時最終のフェリーには間に合ったものの、少々冷や汗ものだった。本当は夕日をフェリーの上から見たかったのだが、すでに日が暮れて、宿へ入ったのは8時過ぎだった。


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初詣はワット・サケットへ

元日はゆっくりおきて、午後からワット・サケット(プーカオトーン)に初詣に出かけた。

去年の元旦も出掛けて、去年は良いことがある年になったので、お礼詣りでもある。
ワット・サケットは寺に小高い丘(人工の丘らしい)があり、その頂上にパゴダが建っている。丘をぐるりと回りながら登るらせん階段の参道を登って行くのが楽しい所である。
sanndou
Canon Demi EE17

タイの人にも西暦が浸透してきているのか、元日は丘のふもとからの行列だった。日本の著名な神社のようで初詣気分が盛り上がるので、行列も悪くなかった。むしろ大変だったのは、頂上へ登ってから降りるときだった。
頂上のパゴダの周りはテラスになっていて、パゴダの周りをぐるりと回ってお祈りをする。そのテラスへの入り口、出口の階段は、人が一人しか通れない幅になっていて、上がるのも大変、いったん上がると降りるまで行列に並ばなければならない。遅々として進まない行列に並び、ようやく寺の境内へ降りてきたときには、もう夕暮れになっていた。


pagoda
Canon Demi EE17

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年明け

少々長い休みをとったこともあり、てんてこ舞いの日々である。あっという間に新年も2週間近く経ってしまった。

年末年始のタイは、数年前は小規模ながら爆破事件があり、1昨年はパブの火災で多くの人が亡くなったが、今年の年明けは大きな事件はなかった。年末からは、あちこちでテロ計画のうわさが出てきたが、だいたい、政治的な思惑の絡んだうわさだったようだ。

大みそかの夜は、大きなショッピングセンター、ビアガーデン中心に、カウントダウンイベントがあり、街のあちらこちらで大音響の音楽が響き、多くの花火が打ち上げられた。

ビルの谷間で打ち上げられ、まさにビルの谷間で開く花火もあり、日本では考えれられないような狭い空間に大きな花火が上がっていた。まともな写真を撮りそこなったのが残念。

大みそかの晩にに日本から両親が来て、アパートについた頃ちょうどタイでの年明けとなった。

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あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

と、いうには少々間が抜けたころになってしまった。新年は訪問者もあり少し長く休みをとった。
この間に出掛けた場所の話は追々と。

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