タイに住んでみると

現在はタイを離れているので,タイに居た経験から考えたことなどを時々書いています。また,タイに行く機会があれば生の情報もアップしたいと思います。

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ビエンチャン3

さて、翌日の日曜日。昨晩は少々飲みすぎて、ゆっくり目の朝になったが、ホテルの5階にある食堂のテラスで朝ごはんを食べた。安い宿なので、多彩なメニューとはいかないが、ご飯もの、おかゆ、トースト、果物と一通りあり、中でも、ベトナムやラオスでおなじみのバケット・サンドがあるのがうれしかった。

テラスでメコン河を眺めながらの朝食は気持ちよかった。
大した荷物のなかったので、チェックアウトしてそのまま街の散歩に出た。ビエンチャンの街にはこれといった観光の目玉スポットはない。お寺は、タイのチェンマイあたりの様式に似て、朱色の地に金で装飾が施されており、すこし地味である。これは、バンコクあたりの寺よりむしろ日本人好みだろうか。
まちにはまだ高層ビルはなく、道もゆったりしている。ラオスの国旗とともに掲げられている共産党の旗をみると、ラオスが共産主義国であることに気づく。ベトナムとはフランス領だったことも共通してか、ビエンチャンの町はタイとベトナムの街を混ぜて、それをずうっと薄めて田舎町にした、という雰囲気である。人の顔も、タイの人とは少し違う。全体に小柄で、顔が薄めなところはベトナムの人にも似ている気がする。

ラオ語はタイ語と近く、タイ人とラオス人が会話すれば、お互いの言葉でだいたい理解できるそうだ。とくにタイの北部の言葉はよりラオ語と共通しているという。そんな理由もあり、タイにはラオスからの出稼ぎが(多くの不法就労者も含め)多く、またタイ北部、東北部の大学にはラオスの留学生も多い。ウドンタニから乗ったバスも、乗客の多くはラオスからの出稼ぎの人だった。

さて、これといって、観光の目玉のないというビエンチャンだが、街の散策を楽しみながら行った先が、凱旋門 Patousay、。フランスの凱旋門を模して1960年に建設が開始されたそうだ。1953年にフランスから独立して、1975年の共産党政権の成立まで、内戦を含めて混乱していたというので、この門の建設はまだ混乱が収まっていなかった時期に始まったことになる。それで、いろいろな歴史や政治的な事情が絡み、実はいまだに完成はしていないのである。
サグラダファミリアのような話とは事情が違う。

西洋と東洋の様式、きれいな装飾とコンクリートや鉄筋がむきだしの壁が混ざり合った不思議な門は、複雑な歴史を表しているということのようである。門に上って街の眺めを楽しむだけでなく、ちょっと歴史のことを考えてみるにも、尋ねる価値はある場所だろう。
Gaisenmon1
「凱旋門」

Gaisenmon2
門についての説明。
..but never completed due to the country's turbulent history. とある。

他にもビエンチャンの写真を管理人のアルバムにアップしました。

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